ジェノヴァ~トリノ(イタリア編6)
ペルージャでみんなと別れ、久し振りにひとりになったので、斜塔で有名なピサで1泊した後、港町ジェノヴァへ向かった。
ジェノヴァ港近くの、暗く、貧しく、寂れた下町の裏通りを散策するのは楽しかったが、ここも2日滞在しただけで、すぐにトリノへ。
急いでトリノへやって来た理由は、ペルージャのユースホステルで一緒だったNB君、そしてジェノヴァのユースホステルで一緒だったM子さんと、12月6日のユベントスVSラツィオのゲームを観に行く約束をしていたからである。
M子さんより先に、トリノのユースホステルで合流した僕とNB君は、ゲームまで数日あるため、日帰りでミラノへ行ってみることにした。
ミラノと言えば、ブランド・ショップの立ち並ぶ超有名観光地。もちろんそれだけがミラノではないが、ミラノ中央駅で地下鉄に乗り換え、ドゥオーモ(大聖堂)広場に出ると、多くの日本人観光客がいて、居心地が悪い。
ブランド・ショップの立ち並ぶ石畳の道では、馬車馬が、ブランド品を買い漁る日本人の目の前で、まるでそれをあざ笑うかのように、馬糞を垂れ流していた。
遅れてトリノへやって来たM子さんと合流した、ある日、ユベントスの練習を観に行くことにした。
ユベントスの練習は、かつて実際に使われていた古いスタジアムで行われ、フィオレンティーナやペルージャと違い、入場料を払わなければ、見ることが出来ない。M子さんは、僕とジェノヴァで会う前に、既に、ここトリノでユベントス戦を観戦済みであり、練習も見に来ていたため、僕とNB君がM子さんに付いて行くという形になった。
スタジアムに入ると、まばらだが、熱心なファンたちに見守られる中、間もなく練習が始まった。ジダン、インザーギ、デシャン、そして故障が治ったばかりのダービッツなど、世界に誇る大スター軍団の練習に釘付け。
しかし、残念ながら、その中にエースのデルピエロの姿はなかった。デルピエロは、先日の試合で骨折し、長期離脱中であることは、雑誌「GUERIN SPORTIVO」を読んで、知ってはいたが、デルピエロの大ファンであるM子さんは、残念そうであった。
そんなM子さんをよそに、僕とNB君は、練習で一際目立って、走りまわる、ある選手のとりこになってしまった。それは、ダービッツ!
練習が終わり、帰ろうとした時、M子さんが、スタジアムの外に止まっているポルシェのカブリオレを指差して言った。
「あのクルマ、ダービッツのだよ。多分、ダービッツ、ここの出口から出て来るよ。」
出口がいくつかあり、選手がどこから出て来るのか、よく分からないのだ。さらに・・・・・
「ジダンは、家があっちだから、あっちの出口から出て来るよ。インザーギも、多分ここからじゃないかな。」
何でそんなことまで知っているのだ。イタリアに住んでいる訳でもないのに、怪しいやつである。しかし、M子さんなどは、まだ大人しい方で、中には選手の泊まっているホテルを突き止め、押しかけてしまうファンもいるというから、参ってしまう。
しかし、ダービッツが出て来るのなら、少し待ってみようか。僕とNB君はそう思い、M子さんとともに、そのポルシェのカブリオレが止まっている横の出口の前に待ち伏せした。
すると、同じく選手を待っているイタリア人青年が話し掛けて来た。イタリアの若い人たちの間で、漢字のタトゥー(刺青)を入れるのが流行っているらしく、彼女の名前を漢字で書いてくれないかと言うのだ。彼女の名前は、「ルカ」というらしい。
最初、彼の言っていることが理解出来ず、何度も聞き返したが、身振り手振りを加えて話しているうちに、ようやく意味が分かり、色々とそれらしい当て字を考えた。
「流華」!!
しかし、タトゥーを入れた後、もし彼女と別れてしまったら、いったいどうするのだろうか。彼は、僕たちの書いた当て字のメモを持って、喜んで去って行った。
その時、面白いことを思い付いた。ダービッツに、漢字の当て字を考えてあげよう。再び、ダービッツによく似合いそうな当て字を考えてみた。
「蛇美津」!!
蛇のように素早く、しかも美しい。彼のプレーにぴったりの名前じゃないか。
ダービッツを待っている間、他の出口から出て来た選手たちが、続々とクルマで通り過ぎた。コンテ、ユリアーノ、そしてインザーギ。人気に比例して、彼らのクルマに群がるファンの数も違う。デルピエロと並ぶ人気のインザーギには、多くのファンが群がり、彼のクルマの行く手を阻んだ。
その時、ふと横を見ると、M子さんがいない。いつの間にか、イタリア人たちに混じって、インザーギのクルマに群がっていたのだ。そのイタリア人を押しのけ、サインを貰ってしまうあたりは、さすがである。
その後も、選手たちのクルマが何台か、通り過ぎたが、ダービッツは出て来ない。もう出て来ないのかと諦めかけた頃、M子さんが言った通りの出口から、颯爽と現れた。やはりダービッツのクルマだったのだ。
警備員が制止するのも無視して、一気にダービッツへ駆け寄った。
「ダ~ビ~ッツ!!」
手には、「蛇美津」というメモを持って。
そして、ダービッツは、僕たちのメモを受け取った。「これは、ダービッツという意味です。」 急いで、そう説明すると、ダービッツは、確かにニコッと微笑んだ。分かってくれたのだ。
その後、もしダービッツが、「蛇美津」というタトゥーをしていたら、その字を教えたのは、僕たちです。