大阪~上海 (序章)

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 船は、大陸へ向かって、進んでいた。


 長い旅に出るために、長く勤めていた仕事を辞め、アパートを引き払い、大阪から船に乗り、上海を目指していた。そこから、アジアを陸路で横断し、トルコのイスタンブールへ向かうという以外に、これといった予定を立ててはいない。

 一体そこまで、どのくらいの日数がかかるのか。大まかな目安として、4~5ヶ月ぐらいと考えてはいたが、ほとんど検討も付かなかった。

 イスタンブールからは、さらに西へと旅を続け、ヨーロッパに向かうか、アラビア半島を南下するかの、どちらかになるだろうが、そもそもイスタンブールまで辿り着けるのか、それさえもよく分からない程度での出発である。それからのことは、そこで決める。


 ひとり寂しく、大阪港を発つ時は、これからの旅に期待を抱く反面、「もう2度と日本に帰って来れないということも有り得るんだ。」と、それなりに悲壮な決意もしたが、いざ船に乗り込み、ビールを飲み始めた途端、すっかりリラックスして、そのうち眠ってしまった。

 上海へ向かう船「鑑真号」は、拍子抜けするほどに快適で気合が抜け、甲板で居眠り、読書を繰り返した。上海まで48時間、2泊しなければならない。退屈だが、仕事をしていた頃は、夢にまで見た「退屈」な状態なのだから文句はない。


 昼寝をし過ぎ、夜中どうしても寝付けず、ひとり甲板へ出た。暗闇の中、月の光だけが海を照らし、光り輝く太平洋に誘われるかのように、その場に座り込み、ビールを飲み始めた。

 そして大海原に向かって、これからの夢や希望を抱くのかと思いきや、酒の飲み過ぎと船の揺れで、すっかり気持ち悪くなってしまった、情けない旅の始まりであった。