ウルムチ(中国編5)


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 「オヤジ!ケバブをもう5本くれ!」

 今日も酒を飲んでいた。


 トルファンからバスで2時間、ウイグル自治区最大の町、ウルムチ(烏魯木斎)へやって来た僕は、相変わらずの毎日を送っていた。

 変わったのは、酒の肴が中華料理からケバブに変わったのみ。トルファンで出会ったシンガポール人女性のケミーと、再び同じドミトリーになったため、露店のケバブ屋で一緒に飲んでいたのだ。(アジアでは、なぜか男女が同じドミトリーである。)

 彼女との会話は、僕の英語力不足のためか、あまり噛み合わなかったが、それでも、中国人との筆談よりは、ずっとマシな気がした。日本人、シンガポール人ともに、中華料理は馴染みの食事であるため、当然2人とも大好きであるが、ここはひとつウイグル人に敬意を払って、ケバブで行こう、そう思ったのだ。

 これまで当然だが、中華料理ばかり、どんなボロい食堂へ行こうが、例外なく美味かった。そんな食事に困らないところが、中国の旅の嬉しいところである。

 ここウイグルは、イスラムとは言え、中国であるから、酒が飲める。イスラム圏へ入ると、大好きな酒がずっと飲めないのだ。そして、中国では、いやアジアでは、自炊しても外食しても、大して変わらない程、安い。(もちろん、安食堂の話しだが。)

 ならば、ここ中国で、好きなだけ飲み食いしておかない手はないだろう。ケバブは、これから嫌という程、食べることになると思うが、ケバブで酒を飲むのは、最初で最後かもしれない。ケミーも、そう思っていたかどうかは、分からないが、お互いにかなり酒は進んでいた。この時、飲んでいたのは、ビールである。


 白酒(▼注5)は、もう懲り懲りなのだ。

 白酒を飲んだのは、西安からトルファンへ向かう列車の中で、同じボックス席のオジさんたちに振舞われた時。

 西安からトルファンへは、2泊3日の長旅で、居眠りをしていても、読書をしていても、ひたすら車窓を眺めていても、何をやっても、時間はたっぷり余っていた。最初は、オジさんたちと筆談、身振り手振りで、会話をしていたが、それも次第に、お互い飽きてきたのだ。

 そうなると、もう酒を飲むしかない。誘われるままに、酒を飲み始めたのだが、どうもこの酒、好きになれない。しかも、かなりキツいのだ。それでも、誘われて飲み始めた手前、まずいと言える訳はない。

 飲み始めたのは、西安を出発して、2日目の夕方。甘粛省敦煌へ向かう起点となる柳園を過ぎた辺りであった。3日目、明日の朝ぐらいには、トルファンに着くのだろうか。

 まずいと思いながらも、退屈をしのげない僕の手は、つい白酒が伸びてしまう。オジさんたちに、「日本人、なかなか飲むじゃないか。」とそそのかされて、何杯も何杯も飲み続けた。気が付くと、すっかり夜は更けている。眠っていたのだ。

 意識がはっきりするに連れ、胸焼けは増して来て、耐えられなくなった僕は、慌ててトイレに走っていた。それから何度、トイレに行っただろうか。

 もう吐くものもないと思った、何回目かのトイレの時、明るくなり始めた窓の外をふと眺めると、タクラマカン砂漠の地平線から、美しい朝陽が昇るのが見えた。しばらく、その場に立ち尽くし、気持ちの悪さも忘れて眺め続けた。


 そうしてトルファン、そしてウルムチへやって来たのだから、しばらく白酒は控えていた。ビールは飲むが、白酒は勘弁してほしい。だが、幸いケミーは白酒を知らないようだ。

 他愛のない会話を続けながら、ビールを飲み続けた。いったい何本のケバブを注文しただろうか。


 すっかり気分が良くなった僕たちは、強い風に舞う砂埃に目を細めながら、真っ暗な道を、トボトボと、2人で歩き続けた。

 このまま毎日、この子と飲み続けていたいなあ。白酒でもいいから。


▼注5「白酒」

 中国に古くからある酒。雑穀や米を原料とするアルコール度数30%以上の蒸留酒の総称で、日本で言えば焼酎に当たるのだろうが、印象としては、それよりかなり強く感じる。

 若い人は、あまり飲んでいないようだが、年配の人たちには、紹興酒などに代表される黄酒と並んで、最も馴染みがあるようで、列車の中では、飲んでいる人を何度も見掛けた。